大阪地方裁判所 昭和58年(レ)152号・昭58年(レ)155号 判決
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【判旨】
二1 <証拠>を総合すると、次の各事実が認められ<る>。
(一) 本件長屋は、本件家屋を南端とし、南北方向に建築された四戸一棟の木造平家建の建物であり、建築後少くとも五〇年以上経過し、既に耐用年数が到来しているものである。
(二) 本件長屋のうち中央二戸は、その一方が昭和四七年一月ころ、他の一戸については同五〇年三月ころ、旧賃借人がそれぞれ退去して空屋になつたが、各退去時には、いずれも雨漏りは生じていなかつたものの、相当老朽化が進んでいた。
(三) 右二戸については、空屋となつた後、賃借申込みが二、三あつたが、控訴人は、本件長屋には地代家賃統制令の適用があるために貸しても余り利益にならないことや老朽化した本件長屋を近い将来取り壊そうと考えていたこと等の事情から、これを断り、戸閉りをしたまま放置していたところ、同五三年六月ころに至り、右空屋部分の屋根瓦が自然にずり落ちたので、大工である南川能弘に依頼して、軒先に板を打つて瓦が落ちないようにする応急修理をなしたが、その後、遅くとも同五四年八月ころには、右空屋部分は、既に雨漏りのため床及び床下部分が腐朽し、天井や壁にも染みが生ずるという状態となり、この修理は相当大規模なものとならざるをえない状態となつた。更に、昭和五六年三月ころには、既に、屋根の損傷のため雨漏りがひどく、梁、床、根太は腐朽し、また、柱は基礎の老朽化のため不同沈下が生じて南側に著しく傾斜し、そのため鴨居も傾斜して戸の開閉ができない状態になつており、中地震でも倒壊する危険があつて、一般木造住宅に要求される安全性を欠く危険な状態となつた。
(四) これに対し、本件家屋は、被控訴人宮岡において、昭和三六年ころ、控訴人の承諾を得て、本件家屋の一部を二階建とし、その後右家屋の屋根瓦を修理したこともあつて、雨漏りもなく、敷居及び鴨居について若干の傾斜が存在するほかは外観上特に損傷は認められず、この限りにおいてなお住居としての用に供しうるが、本件長屋が四戸一棟の建物であることから、中央二戸の空屋部分の右のような状態は、本件家屋の安全性にも影響を及ぼし、右空屋部分の倒壊によりひいては本件家屋も倒壊する危険がある。
(五) 本件長屋についての右のような危険を除去するためには、右空屋部分を取り壊したうえ、これを新築し、本件家屋及び北端の一戸と連結させる必要があるところ、その費用は約五九〇万円を要し、本件長屋全体を新築する費用の約二分の一に該当するが、そのようにして修復した場合においても、本件長屋の耐用年数は、その後七、八年延長されるにすぎない。
(六) 本件長屋のうち、本件家屋の同五三年六月当時の賃料は、一か月五二〇〇円であり(この点は前記のとおり当事者間に争いがない。)、北端の一戸のそれは一か月四六〇〇円であるところ、中央二戸部分につき右新築工事を行つた場合、新築の二戸については地代家賃統制令の適用が排除されるが、その余の二戸についてはなお同令の適用があるため、修理費用約五九〇万円を七、八年の耐用年数満了までに回収し、かつ利を得ることは、税金等の費用をも考慮すると、ほとんど不可能に近い。
以上認定の各事実を総合すると
(1) 本件長屋を一体としてみるとき、同長屋(したがつてまた本件家屋)は、遅くとも昭和五六年三月ころには、既に、一般木造住宅としての安全性を欠き抜本的な修理を要する状態となつたが、右修理に要する費用とその回収の可能性という経済性を考慮すると、賃貸人たる控訴人に多額の出費を伴う右抜本的修理を要求することは酷にすぎ、むしろ本件長屋を取り壊わして建て替える方が経済的であり、かつその必要があること
(2) しかし、他方、本件長屋を取り壊わす必要は、中央の二戸が倒壊するおそれがあることに基づくものであつて、本件家屋のみをみるとき、控訴人の承諾を得て被控訴人側でなした修繕管理により、なお住居としての効用を有していること
(3) さらに、控訴人が遅くとも昭和五三年六月ころまでの間に中央の二戸について雨漏りを防ぐ程度の応急的修理をなしておれば、本件長屋の耐用年数は少くとも二、三年延長されたものと解され、右の程度の応急修理を控訴人に要求することが経済的観点から著しく酷であつたとまでは解し難いこと
が明らかであり、これに
2 控訴人は、延坪七〇坪、部屋数約一〇室の自宅に、控訴人夫婦、その子息及びその祖母の四人で暮らしているが、子息が結婚適齢にあり、右自宅の構造上二世帯が同居することは困難であると考えていることから、本件家屋の明渡しを受けた暁には、本件長屋を取り壊わして控訴人またはその子息が居住する住宅を新築したいというもので(以上、原審控訴人本人尋問の結果により認められる)、本件長屋の敷地の利用について、控訴人側にさしせまつた必要がないという控訴人側の事情
3 被控訴人板倉は、賃貸借当初から本件家屋にその母てる子とともに居住していたところ、入居後一、二年ほど経過したころからは同宮岡も同居するに至つたこと、その後同四〇年ころに、賃借人である同板倉自身は本件家屋から退出していること、その後今日に至るまで、本件家屋には、同宮岡とてる子夫妻が居住しており、引続き居住したいという(原審被控訴人宮岡本人尋問の結果により認められる)被控訴人ら側の事情
4 本件賃貸借契約の賃料が低廉であること及び被控訴人板倉が本件家屋を約三〇年間の長期に亘つて使用してきたことは、右1に認定した事実から明らかであるが、かといつて、同被控訴人が既に本件賃貸借の目的を達したとは解しえないこと
以上の控訴人・被控訴人板倉双方の事情並びに社会公益上の諸般の事情を比較衡量して検討すると、本件家屋を明渡すことによつて被控訴人板倉が受ける経済的不利益を全て同人に負わせるのは相当でないというべきであつて、本件家屋の無条件明渡しを求める控訴人の昭和五三年六月二六日付解約申入に正当事由があると認めることはできない。
三そこで、さらに同6の事実(立退料提供を補強条件とする第二次解約申入)について判断する。
1 弁論の全趣旨によれば、控訴人が被控訴人板倉に対し、昭和五七年九月一六日、控訴人が立退料として一〇〇万円を提供することを補強条件として解約申入をなしたことが認められる。
2 そこで右解約申入に正当事由があるか否かを検討する。
(一) 弁論の全趣旨によると、本件家屋の敷地が約8.5坪であることが認められ、また控訴人本人の原審及び当審における各本人尋問結果によると同土地の一坪の更地価格が三〇万円を下廻るものでないことが窺われる。
(二) 本件賃貸借契約の開始日が昭和二九年八月二〇日であることは弁論の全趣旨により認めることができ、同契約の賃料が同五三年六月当時一か月五二〇〇円であつたことは当事者間に争いがないから、控訴人が被控訴人から右解約申入時の同五七年九月一六日までに収受した賃料合計額は一八一万四八〇〇円を超えないことが明らかである。
(三) そこで、前記二において検討した諸事情に、右(一)、(二)の事実をも加えて比較衡量するに、控訴人が提供を明示している立退料一〇〇万円は、本件家屋を明渡すことにより被控訴人板倉の側に生ずるであろう経済的不利益についての控訴人の負担額として応分なものであるということができないから、その提供をもつては未だ正当事由を補完するに足るものとは認め難く、右申出額を上廻り、かつ、これと格段の差がない範囲の額である一五〇万円を提供することにより、はじめて正当事由を具備するに至るものと認めるのが相当である。
なお、賃貸人が立退料提供を補強条件として解約申入をなし、右立退料の支払いと引換えに家屋の明渡しを求めている場合には、特に反対の意思が窺われない限り、賃貸人は必ずしも申出額にこだわるものではなく、当該申出額と格段の差のない範囲の額で裁判所が相当と認める立退料を提供する趣旨であると解されるところ、控訴人の右解約申入に右の特段の意思のないことは弁論の全趣旨により明らかであるから、このような場合に当裁判所がその認定する相当な右立退料である一五〇万円の提供を補強条件として解約申入に正当事由ありと認定することは何ら違憲、違法でない。
四そうすると、本件賃貸借契約は、控訴人が立退料の提供を補強条件として解約申入をなした昭和五七年九月一六日から六か月を経過した同五八年三月一六日の経過をもつて終了したものというべきである。
したがつて、被控訴人らは控訴人に対し、被控訴人板倉が控訴人から立退料一五〇万円の支払いを受けるのと引換えに、本件家屋を明渡し、かつ、契約が終了した昭和五八年三月一七日から明渡し済みに至るまで、連帯して一か月五二〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払い義務を負うに至つたものである。
(中田耕三 園田小次郎 始関正光)